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秋が少しずつ

[2018.11.12]

 11月になって随分と気温が下がってきました。あの本当に暑かった今年の夏を思うと、うその様な冷気です。特に朝夕は寒いぐらいです。近くの公園の木々の緑も少しずつ色づいてきました(写真1)。各地の紅葉便りも聞かれるようになってきました。今は何をするにしても絶好の時候というわけです。旅行に出る人、スポーツに励む人、そして食べることに精を出す人等々と本当に人それぞれのことでしょう。私自身は特に普段の生活と変わらない日々を送っています。それでも少し郊外に行ったり、神戸の港を眺めたり(写真2)、また普段は読まない本を手に取って読んだりしています。

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写真1 色づいた近くの公園の木々    写真2 秋雲と神戸港に挟まれた紀伊半島

 そんなわけで「鋼の女」という書物(写真3,下重暁子・著,集英社刊)を偶然読む機会がありました。この本の主人公は小林ハルという女性で最後の瞽女(ごぜ)といわれた人です。瞽女といわれても現代の私達には分からない職業です。そこで瞽女の歴史など少し調べてみました。瞽女は目が不自由な女性の芸能者のことであります。すでに室町時代には書物にその記述があり、近世では主に三味線を弾いて物語を語る芸をするようになりました。明治時代になってからは新潟県を中心に瞽女は活動していました。そのような背景もあり、新潟県で1900年に生まれた小林ハルは、盲目ということで瞽女になりました。第二次世界大戦後になると瞽女は急速に姿を消していきました。このような歴史のなかで、小林ハルは平成17年に105才で没するまで最後の瞽女として活躍しました。現在、瞽女の伝承者の人が少数ながらも活動をしています。瞽女とはこのような歴史的な流れを持っています。

 本書の主人公・小林ハルの生涯は現代の私達からみれば、本当に驚嘆すべきことばかりの連続です。ハルは生後3ヶ月の時に白内障にかかり、視力を失なってしまいます。失明というだけでも、それは大変なハンディキャップであります。実父はハルが2才の時に死亡し、実母には喘息の持病がありました。そのためハルは祖父の弟に養育されることになりました。盲目ということでハルの家族は世間をはばかり、ハルは屋敷の奥の一室に閉じ込められて名前で呼ばれることもなかったといいます。母親はハルが生きていくため、はじめは按摩になることを考えました。しかし按摩になることはなく、5才の時に瞽女になるために入門をすることになりました。入門してからも苦難の連続であり、それは筆舌に尽くしがたいものでした。長い年月が流れ、高齢になったハルは老人ホームに入所しました。しかし、それでもまた様々な苦難がありました。このような逆境の中でも次第に瞽女としての名声は高まっていき、昭和53年には重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)に指定され、翌昭和54年には黄緩褒章を受賞しました。現在CD等にてハルの芸を聴くことが出来ます。その声は大変魅力的なものといえるでしょう。

 それにしてもハルの持つ素直さ、真面目さ、そして優しさには心動かされるものがあります。学びとるべきところが非常に多くあります。そしてハルの人生観とは、次の通りであります。

「どこに行ってもいくつになっても、いろいろな苦労はあるものだ、でも、どんなにせつなくても、心のうちは神さまや仏さまが見透かしておられる。他の人たちは、そんなことをわからずに、言いたいことを言い、したいことをするが、私は決して無理なことを言ったり、したりしないで、神さま、仏さまにおまかせしてきた。」

(ウィキペディアからhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E3%83%8F%E3%83%AB)

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写真3 下重暁子・著 集英社(2003/8/20)発行

    ISBN-10: 4087476111

  読後、しばらくは本の余韻に浸っていました。しかし医師という身は、すぐさま患者さんと向き合わねばなりません。今回は解熱剤について再検討をしました。

 日々の診療においては色々な患者さんと遭遇するものです。特に発熱患者さんには非常によくおられます。たしかに発熱があり、咳、頭痛、倦怠感etcがあれば人間は肉体的にも精神的にも落ち込むものです。とはいえ熱は感染症に立ち向かうにあたり、必要なものであります。熱は人間の援軍として感染症と戦ってくれる存在なのであります。とはいえ、やはり高熱があれば食欲も低下し、また寝られないものです。そこで解熱剤を服用することとなります。解熱剤としては世界的にアセトアミノフェンが広く使用されています。正直なところ、小児科外来では本当に日常的にアセトアミノフェンがよく処方されているところです。これはアセトアミノフェンの安全性が高く、副作用が少ないからです。ところが、今回アセトアミノフェンの内服でアナフィラキシーショックを発症した子どもさんについての論文*に接しました。子どもさんは10才の男児で頭痛のためにアセトアミノフェン300㎎を朝食前に服用したところ、典型的なアナフィラキシーショックを発症したのです。このことから、たとえ広く使用されている薬剤であっても、あらためて心することが必要ということを再認識しました。

*日本小児救急医学学会雑誌Volume17 Number3 2017

アセトアミノフェン内服でアナフィラキシーショックに至った10歳男児例

 ところでアセトアミノフェンには解熱剤として処方される時と鎮痛剤としても処方される時があります。一般によく使用されている通常の鎮痛剤の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drug)よりも、アセトアミノフェンは安全性が高いとされています。安全性が高いため、慢性腎臓病(CKD: Chronic Kidney Disease)の人における鎮痛剤としてはアセトアミノフェンが推奨されています。これはNSAIDSが腎機能の低下している高齢者などではリスクが高いからです。CKDガイドライン2018でもアセトアミノフェンを推奨しているところです。しかしそれでも長期にわたるアセトアミノフェン投与の安全性については不確定であると同ガイドラインはしています。安全とはいえ、長期間のアセトアミノフェン投与には留意をする必要があるのです。慢性と長期のアセトアミノフェン投与は不適切なのであります。

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